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キムは今・・・写真編 11月前半
2005年11月1日

ヤクと

ヤクと

これに乗った

これに乗った

シャングリラの市場

シャングリラの市場

2005年11月7日

一等寝台で同室のおじさん

一等寝台で同室のおじさん

2005年11月10日

敦煌、砂漠1

敦煌、砂漠1

敦煌、砂漠2

敦煌、砂漠2

敦煌、砂漠3

敦煌、砂漠3


2005年11月12日

ウルムチの食堂
 POLOAという食事

ウルムチの食堂

ヒツジ

POLOAという食事

2005年11月13日

北山さん、内藤さん

北山さん、内藤さん

2005年11月15日

カシュガルじいさん

カシュガルじいさん

絨毯のお店

絨毯のお店

 エイティガール寺院

エイティガール寺院

 NARINCHUP

NARINCHUP
| キム今〜世界一周編2005年11月前半 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年11月15日(火)
 17日に出発なので時間がたっぷりある。が、カシュガルではそれほど時間をとる予定ではなかったので、時間を潰すと言ったほうが正確。早くペシャンコにしたい。仕方ないから街を歩くしかない。
 まだこの街が新鮮だからかも知れないが、これまでの中国に比べてなんとなく温かい気がする。もちろん気温のことではない。みんな人なつっこいし、子供もすぐに「ハロー!」と声をかけてくる。漢族の多い街が、色でいうと黒や灰色だとすれば、ウイグルのここは黄色、オレンジ。日本人からすればエキゾチックな顔立ちのせいもあるかも。
 同じホテルに泊まっている白人のじいさんはアメリカ人で、やはり世界をグルッとしているらしい。が、彼は自転車だ! 「ずっと自転車をこぐのは無理だから、場所によっては飛行機も使う」だって。アメリカのどこにすんでるの?と尋ねると「最後はコロラドだった」と。住所不定なのか!? 65歳だって。そういえば、列車で一緒だった北山さんに聞いたが「飛行機はもちろん列車やバスも一切使わず、なんと一輪車(小学生が遊んでるやつじゃない。昔、工事現場なんかにあった。大八車?)だけで世界中を回っている人」「いらない荷物を捨て続けたら、最後に蚊帳だけが残り、それだけ持って旅する人」など、どちらも日本人らしいが、世の中にはいろんな人がいるもんだ。
 夜、お気に入りのあの店に。NARINCHUPというのを試す。平たくて四角い麺と、羊肉、ニンジン、香菜などがたっぷり入ったスープ。これもうまい! ところでこの香菜、苦手な人も多いが僕は大好きで、文字通りこの香りと食感が僕の舌と鼻をつかんで離さない。中華でもよく使われていて、食べるのがいつも待ち遠しかった。この店、ホテルの前にあって、今日の昼食もここだった。明日も来る。
| キム今〜世界一周編2005年11月前半 | 15:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年11月14日(月)
 次の目的地はキルギス。ここから国境まで約200キロ、東京〜静岡くらい。東京の旅行会社には、バスでトルガルト峠の国境を通ってナリンに抜けるルートを薦められたのだが、ホテルで情報収集したらあいにくそのルートは中国人キルギス人のみに変更されたらしく(大陸の国境事情はコロコロ変わって不安定)、もうひとつのイルケシュタム峠経由オシュ行きに。「最近のキルギスの治安事情から、避けたほうが無難」と言われたほうを、避けずに行くことに。仕方ない、他に方法はないのだから。いや正確には、ウルムチまで戻って飛行機に乗るとか方法はあるけど、それはしない。
 こちらの代理店で17日朝9:30発のバスチケットを手配。
 ところでこの街、今までの中国と違うのは、ウイグル族が多いこと。イスラム教徒だ。日本人向けにとても分かりやすくいえば、アラブっぽい。独特な、彫りの深い顔立ち(そうでない人もいるが)。顔、言葉、食べ物(羊肉が多い)、どれをとっても「イスラム」という感じがする。ホテルにはパキスタン人も多いし、街の中心にはモスクもある。先日大地震のあったパキスタンのカシミール地方も、さほど遠くはない。本当にここは中国か?と見まごうほど。いわゆる中国人の顔をした漢民族を見慣れてきた眼には、非常に新鮮。
 街の食堂でGANGPANという料理を食べる。羊肉、ピーマン、タマネギ(みたいなやつ)、しらたき(みたいなやつ)、その他野菜を、トマトで煮込んだ、ちょっとスープィーな(スープっぽいという意味。いま造った)おかずに、油でサラッと炒めたライス。ムチャクチャうまい! 上海でごちそうになった高級中華くらいうまい! この旅で、中華以外で初めてこんなうまいものに出会った。ウイグル万歳!
| キム今〜世界一周編2005年11月前半 | 15:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年11月13日(日)
 同じコンパートメントに偶然、日本人ふたり連れが一緒に。北山さんというカメラマンとその彼女内藤さん。カシュガルとその近郊に2カ月ほど滞在、写真展の素材を集めるという。旅なれた彼の口からは、中国はもちろんトルコ、カザフなど日本人の意識からは遠い国々での逸話がポンポン飛び出してくる。「固定された土地・国家を持たない人々に興味がある」と。「旅に出ると本当の自分を発見できる」とも。ハゲシクドーイ。
 昨日15:50ウルムチを出た列車は、23時間後の今日午後、カシュガルに。日本人3人で駅からタクシー、5分ほどで市街、チェックイン。
 いよいよ、いよいよだ。中国の西の端、カシュガル。この国奥深く分け入って、とうとうここまで来ちゃった。
| キム今〜世界一周編2005年11月前半 | 15:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年11月12日(土)
 今回は硬座。北京〜上海の時と同じ普通席向い合わせ、おまけに自由席。敦煌で切符を買った時、これしか残ってなかった。急がないと座れる席がなくなってしまう。と思って乗ったら意外にすいており、小さなおばあさんの前を確保。ウルムチ着は翌朝8:20、約12時間。でも前回とはワケが違う。とにかく寒い。暖房が効いているのかどうかもはっきりしない。これまでで一番の厚着をして、ヒマつぶしに本とビール。寒いのになんでビール? 旅の不思議その2。
 寒さ狭さ騒がしさのスリーS攻撃でなかなか眠れなかったが、ウルムチには着く。明けない夜はないのだ。
 駅ですぐにカシュガル行きの切符を入手。15:50発、7時間ある。まず温いメシを食べ、さあ西安の時のように街をブラブラして時間をつぶ・・・寒い! 諦めて近くのホテルのロビーに非難。たぶん今回の中国で最も寒いだろう。寒さの苦手な僕がなぜこの時期、こんな旅に? 謎は深まるばかりだが、来てしまったものは仕方がないと観念。
 夕方前、列車に乗り込む。ところで今日で1カ月だ。最初の2週間はとても長く感じたが、その後はあっちゅうま。楽しかった山間部が多かったからか。この国に1カ月もいてしまった。いてしまった、という感じ。
| キム今〜世界一周編2005年11月前半 | 15:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年11月11日(金)
 何もすることがないので、ひとしきり街をふらついた後、15:40、駅に向かうバスに詰め込まれる。また2時間ガタゴトして、砂鍋面(麺)をかき込んでから駅で20:50発ウルムチ行き列車を待つ。乗る。
| キム今〜世界一周編2005年11月前半 | 15:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年11月10日(木)
 朝食後、またまた貸し自転車で、街から5kmほど走ったところにある鳴沙山という砂漠に。鳥取砂丘以来の生まれて二度目の砂漠。海に面した鳥取砂丘もいい眺めだったが、こちらもスケールがでかい。
 街に戻って散策。日本人観光客が多いのか、今までの街よりも「ひらがな」をよく見かける。異国でこれを見るとかなりホッとする。世界中で日本人だけが使う文字。
 歩き疲れたのでカフェで休憩。コーヒータイムだ。コーヒーなんて、喫茶店での打ち合わせ以外では日本じゃまず飲まない。それがここ数日、毎日のように飲んでいる。旅の不思議。
 夜、ホテル近くの「旅人の家」という食堂に。主人の隋さんは西安の大学で日本語を勉強したらしく、流暢にあやつる。敦煌を訪れる多くの日本人バックパッカーがこの店に寄るらしく、壁には日本人の写真がペタペタ貼ってある。この旅でこういう店は初めてだが、そもそもこの敦煌は日本人に人気があるようだ。隋さんも「最近は年配のお客さんが増えました」。シルクロードのオアシス都市(と『地球の歩き方』に書いてある)として魅力があるのだろう。敦煌観光のメインは莫高窟という石窟(と書いてある。あれに)なのだが、街から離れており、壁画や彫刻などもあるらしいが、僕はあまりそういうものには興味がないので、すっ飛ばす。
| キム今〜世界一周編2005年11月前半 | 15:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年11月9日(水)
 今回はまた硬臥(2等寝台)に戻る。この列車、消灯が22:30で、朝8:00になると爽やかな音楽が流れ始め、みんな起き出して慌ただしくトイレや洗面所に立ち始める。そして例の騒がしい声が飛び交いだす。
 寝台列車は第2のホテルだ。快適とはいえないが、移動しながら宿泊できるので貧乏旅行者にはありがたい。雑然としていて回りの中国人を観察しながら過ごすのも悪くない。前回の豪華寝台はあまりにすっきりし過ぎていて、面白みを感じなかったくらいだ。
 中国北部のモンゴルに近いところを西に向かっているから、車窓の風景が今までと違う。徐々に砂地が増え、遠くには草木のほとんどない茶色の山々が見渡せる。少しづつ、砂漠に近づいているのがわかる。いままで見なかった羊がチラホラ。
 夜、それまでのように起伏があったり時々街があったりではなく、本当の真っ平らな砂漠を走る。真っ暗な中、唯一見える明かりは、星ふたつと月だけ。初めて見る「月の砂漠」。
 21:00少し前、敦煌着。市街は駅から130kmも離れており、駅前に待ち受けるミニバスに半ば強引に引き込まれ、街に向かう。2時間、暗闇の砂漠を揺られ続け、街に着いてすぐ近くのホテルにチェックインしたのは、23時半ころだった。
 寒い。高地だったシャングリラよりも。最高で7℃、最低が−3℃。おまけにシャワーのお湯がなまぬるく、震えながらベッドに入る。

| キム今〜世界一周編2005年11月前半 | 15:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年11月8日(火)
 30分ほど遅れて6:00すぎ、西安着。駅に着いてすぐ、その日発の敦煌行きの切符を買いに行く。なぜ、西安に滞在しないのか? それならなぜ最初に、昆明〜敦煌の切符を買わなかったのか? 理由がある。
 実は中国最後の目的地は西の端カシュガルで、そこからキルギス、カザフスタン、ウズベキスタンと巡る予定になっている。で、カザフとウズベクのビザが12月4日で切れるため、これ以上中国滞在を延ばすと中央アジアでの時間が取れなくなってしまうからだ。ビザ日程の設定に問題があった。中国滞在は3週間程度だと踏んでいたのだ。本当は西安、ウルムチなんかでもゆっくりしたかったのに。ガイドブックで最も興味の持てそうな敦煌を選んだのは、昆明を出てからだった。
 というわけだ。まぁ、目論みがはずれるのも旅のうち。この旅、実はだいたいのルートを決めてある。でも最初からそれを明かしてしまうのは面白くないので、今後もなるべく予定は書かずにおく。
 話を戻して西安の切符売場。8時台や12時台のを希望したがあいにく満席で、18:35発しかなかった。仕方なくそれを買い求め、出発までの12時間ほど、西安の街をふらつく。バスで1〜2時間走れば世界遺産である秦の始皇帝陵などにも行けるが、時間もあまりないし、とても行く気分ではない。早くここを離れたくて、心はすでに列車に乗っているのだ。
 12時間が始まった時は先が途方もなく遠くに感じられたが、終わってみればあっという間だった。日記を書いたり考えごとをしたりしたからだろうか。時間というのは、生き物のようだ。
 列車に乗り込み、またカップめんを食べて寝る。

「世界が展示室〜公衆道徳?」
 中国人はよく、食事の時に口をクチャクチャいわせる、所かまわずタンを吐く(これ、女性もやる。上海雑技団を観に行った時、後ろの席の人がやった。劇場内だ。思わず床に置いてあった荷物を膝に抱えた)、立ち小便をする。この国にはデリカシーというものがない。交通マナーも同様で、人も車も信号は守らない、平気で割り込む。
 幹線道路には信号がほとんどなく、歩行者は、ビュンビュン走り抜ける車のスキを突いて道路を横断する。命がけだが、みんな普通にやっている。完全にクルマ優先社会。
 とにかく全てにおいて荒っぽい。人を人と思わない、欲望むき出しの荒っぽさ。都市で生活するには、それぞれが欲望のまま行動したら混乱するだけで、快適には過ごせない。だからルールやマナーが必要だが、この国はまだそういうものが未熟だし、当然人権意識というものも根付いていない。日本のある政治家が中国を「民度が低い」といったが、このことだろうか。
 こう書くと、まるで僕が高所からこの国を見下しているように聞こえる。たしかにそうだ。日本で生活する身としては、正直いってここは快適とはいえない。だがこの国は14億という数の人間が、曲がりなりにもまとまって猛烈な勢いで前進している。そういう中では人権もマナーもへったくれもないのかも知れない。
 たかだか1カ月程度の滞在ではほとんど分からないと思うが、ひとりひとりと接すると、ほんのちょっとした気遣いや親切を受けて、とても暖かいものを感じるのも確か。そういうとき、「公衆道徳」というのは単なる約束事で、前進する14億のパワーの前では霞んで見える。
| キム今〜世界一周編2005年11月前半 | 15:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年11月7日(月)
 今回は初めての軟臥。いわゆる一等の寝台だ。4人ひと部屋のコンパートメントで、廊下と仕切るドアがあるので今までのように騒がしくなく、小ぎれいでトイレも清潔だ。でも昼間は冷房が効き過ぎて寒い。
 同室になった二人は、人民解放軍の制服を着たおじさんと、若い女性。彼女は英語ができるので、3人で少し話す。世界一周旅行中だと言ったら驚かれた。「寂しくないのか?」と聞くので、カッコつけて「寂しさより、新鮮さのほうが勝っている」と筆談で応える。本当は寂しい時もあるけど。年齢を明かしたらまたまた驚かれた。「中国人をどう思う?」には「声が大きい。数人で話しているとケンカしているようだ」と言ったら大いにウケていた。
 彼女に年齢を聞いたら「1982年生まれの23歳。この年から一人っ子政策が始まって、私には兄弟姉妹がいない。学校でもわずかの例外を除いてクラスのほとんどがそう。とても残念です」と。


「世界が展示室〜こってり中国」
 この国をひとことで言い表すとしたら「こってり」に尽きる。料理は言うに及ばず、考え方や行動様式、あらゆるものが、濃い。特に人のしゃべり方がいい例で、まず声がでかい。小さな声でボソボソ話す人はほとんど見かけない。相手が知り会いだろうがそうじゃなかろうが、男だろうが女だろうが、真夜中の寝台車のケータイだろうが、とにかく大声でわめくようにしゃべる。しゃべるというより、吐き出す感じ。タンのように。
 でも、列車の中やレストランなどで、回りに仲間がいても何もせずボーッと辺りを見つめていることもある。この人たちの頭の中はいったいどうなっているんだろう?
| キム今〜世界一周編2005年11月前半 | 15:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
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