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キムは今・・・写真編 12月前半
2005年12月2日

カスピ海

カスピ海

2005年12月4日

ゾロアスター寺院 1

ゾロアスター寺院 1

ゾロアスター寺院 2

ゾロアスター寺院 2

2005年12月9日

トビリシ市街

トビリシ市街

トビリシの夜

トビリシの夜

2005年12月10日

エレンさん宅

エレンさん宅

地下鉄の中

地下鉄の中

2005年12月14日

飲んだ!!
 グルジアワイン

飲んだ!!
| キム今〜世界一周編2005年12月前半 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月15日(木)
 ホテルをチェックアウトするが、テラヴィに2泊してまたここに戻るので、大きなリュックはホテルに残し必要なものだけまとめ、チャーターしたタクシーに。
 グルジア北東部が、カヘティ地方というワインの名産地で、テラヴィはそこにある。小さな田舎町なのでいわゆるホテルはなく、ほとんどがホームステイのようだ。僕がお邪魔したのも、朝夕食付で30ラリの、ごく普通の一般家庭だった。
 ご主人のギヴィさんは66歳、年金暮らし。夫人のラリさんは再婚相手らしく、学校でロシア語の教師をしている。ギヴィさんは前妻との間にソフィアという24歳の女の子がいる。いつもは二人暮らしだが、今日は英語のできるソフィアが来てくれていた。
 3人の出迎えを受け、お茶でしばし歓談後、ソフィアの案内で近くのミュージアムへ。といっても、中世にカヘティを統治していたイラグリ王の宮殿を使ったもので、当時の居室や調度品がそのまま展示されている。
 夜、ラリさんの手料理をごちそうになる。カツレツにスイートポテト。質素だが久しぶりに味わう本物の家庭料理、とてもおいしかった。
| キム今〜世界一周編2005年12月前半 | 17:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月14日(水)
 明日、テラヴィという、車で3時間ほどの近郊の村へ行くことにした。近くの旅行代理店で現地の宿の手配を頼む。数日前に打診のため一度出向いたのだが、今日行ったら「日本からの、特にダンサーのために安い宿を用意しておいた」と。どこまで本当かわからないが、覚えていてくれたのは悪い気がしない。
 で、そこのオヤジが「日本から来て、毎日ここで何してんだ?」というので「歩き回ってます」と返すと「歩いてる? 女もなしで?」。これには「いゃー、はっはっは」と笑うしかなかった。
 ところで歩く以外にしていたことがある。いや女じゃなくて、ワイン。以前、吉祥寺の山田せつ子さんのレストランで「キム君、グルジアワインというのがあるんだけど、飲んでみる?」。彼女に勧められ、ワインといえばフランスやイタリア、チリくらいしか知らなかった僕は、その重厚な風味に魅了された。実はバクーにいる時から、グルジアでこれを味わうのを密かに楽しみにしていたのだ。だからこんなに長くいるんですな。8日間で4本空けた。ワイン浸けの日々。
| キム今〜世界一周編2005年12月前半 | 17:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月13日(火)
 街を歩いているといろんなものに出くわす。まず古着屋が多い。どれも小さな小さな店構えだが、そこらじゅうにあって、中に入っても見ていて飽きない。日本から持ってこなかったマフラーを買った。
 それと当たり前だがグルジア文字。でもこれが読めない。絶対に。アルファベットでもアラビア文字でもなく、見たこともない字体。ラテン系の言葉やロシア語なら慣れれば少しは判るものだが、グルジア文字はまったく手がかりつかめず。
 男と女が腕を組んで歩くのはヘンでもなんでもないが、ここでは男同士のそれが時々見られる。一見、そちら系の人には見えないが。いやいや、聞いてみなけりゃわからない。誰か代りに聞いてみて。
 そして物乞いの数も多い。薄汚れた格好で道端に座り込んでいる小さな子供。前を通るとサッと擦り寄ってきて「マネー、マネー」とせがむ。少し歩くと今度は、片手を弱々しく突き出したまま、小声でなにやら呟いて歩道にたたずむ老婆。手の平には誰かが置いたコインが数枚。紛争地域からの難民かもしれない。
 こういう光景を見て、哀れに、可哀想に思わなくはない。でも金は一切渡さない。キリがないからだ。彼らには彼らの運命があり、僕には僕の運命がある。
 だがここでは、通りや地下鉄でそういう老婆や子供に施しを与える光景がよく見られる。先日のエレンさん宅で聞いた「お互いの関係が大切」というのがここでも生きているのだろう。
| キム今〜世界一周編2005年12月前半 | 17:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月12日(月)
 グルジア人は親切だ。道を尋ねると実に丁寧に教えてくれ、場合によっちゃ少し歩いてその場所まで連れて行ってくれる。エレンさんの家に行った時もこのパターンだった。レストランや商店、オフィスなどでもみんな笑顔で対応してくれる。この旅で一番親切にしてもらっている気がする。「店員が笑顔」がここまで徹底しているのは日本以外では知らない。
 それとグルジア人、特に年配の人は男女に限らず体がでかい。タテに、というより前後左右にだ。太っているというのと違っていわゆるガタイがいい感じ。そういえば町中のポスターや新聞で、オリンピックの重量挙げや「world's strongest man」とかでグルジア選手が好成績を残していると紹介されている。あと、黒海という力士はここの出身ではなかったか? この体格は伝統なのか?
| キム今〜世界一周編2005年12月前半 | 17:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月11日(日)
 朝、ひどい下痢だった。飲み過ぎるとお腹が緩むタチなのだ。少し胸焼けもする。そりゃあだって、すきっ腹にいきなりウォッカ。お腹もびっくりするだろう。
 少し痛む胃を抱えながら夜、オペラ劇場でヴェルディの『レクイエム』。普通のいわゆるオペラではなく、オペラ・コンチェルタントといってコンサート形式のオペラ。舞台にデンとオーケストラ、その背後に合唱団、客席側にソリストと指揮者。全く知識がなかったので馴染みの旋律もなく、美術も照明も衣装もなく少し退屈。知っている曲ならまだよかったが。
 客席にはグルジア大統領ミハイル・サーカシュヴィリ氏の姿も。ちなみにこの人、ものすごく若く見える。後でわかったが、37歳だって! 就任時が35歳、世界で最年少の大統領らしい。ちなみにこの人の前任がシュワルナゼ、元ソビエト外相だ。それにしても思い切って一気に跳んだもんだ。
 ところでグルジア人の名前、語尾に「シュヴィリ」が非常に多い。聞いてみると「〜の子」(男女問わず)という意味だと。バレリーナのニーナ・アナニアシュヴィリもここの出身だそうだ。
| キム今〜世界一周編2005年12月前半 | 17:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月10日(土)
 こちらで買ったガイドブックに興味深い油絵が出ていたので、地下鉄に乗ってギャラリーと思しきその住所まで行ってみた。するとそこはギャラリーでもなんでもなく普通の家、その画家の自宅だった。本人のエレン・ガンゴニゼさん、兄弟、その婚約者、そしてエレンさんの母親。みんなでにこやかに迎えてくれた。早速エレンさんは、家中に飾られている絵を(30〜40枚はある)、各部屋を回りながら片っ端から解説してくれた。兄弟が英語を話すのでその通訳付で。
 彼女の絵は黒を多用し、宗教をベースに、人間の暗部を暴くようなグロテスクなものが多い。
 作家の解説付きという贅沢な鑑賞を終え、ありがとうございます、じゃあこの辺で、と引き上げようとすると
「No,No,No,お茶でも飲んでいきなさい」と、お茶までごちそうしてくれた。家族総出のもてなしだった。何の連絡もなく突然、しかも異国の見知らぬ男が訪ねていったのにだ。僕がそのことに驚いていると「グルジア人は、お互いの関係をとても大切にするんです」と。単純なことだが、なかなか真似できない。
 世界一周旅行をしている、日本ではダンスの仕事をしているなど話し、彼らからはソビエト時代との違いなど聞く。
 そして勧められたのはお茶だけではなかった。「グルジアには『チャチャ』というウォッカがあって、ロシアのよりも強いんだ。飲んでみる?」と。はっはっは、こりゃまたまた、滅多にない機会、もちろん「ハイ」。小さなグラスに並々と注いで乾杯。グルジア語で「ガオマルジョス!」。が、文字通りの乾杯で、一気にグラスを空けねばならない。匂いを嗅いだだけでもかなりキツイ。45度だって。みんながやるのでこちらもやらないわけにはいかない。
 乾杯は何回でもする。そして毎回「家族に」とか「平和に」とか、彼らは必ず何か祝う対象を告げる。「じゃあ次は君の番だ」ということで、僕は「このウォッカに乾杯」と告げて笑いを誘った。しばらくしてエレンさんが「なぜ芸術に乾杯って言わなかったの?」と。う〜ん、これには何か理由があるような・・・後日書こう。
 で、なんだかんだで3杯ほどいってしまった。
 記念写真を撮り、お礼と別れを告げ、帰路につく。夕方6時、外はもう暗い。地下鉄に15分ほど乗ってホテル近くに戻り、レストランでサラダとビールの夕食をとり、部屋に戻った。不思議と、前後不覚になるほどには酔っていなかった。が、着替えてベッドに腰を下ろした途端、意識がなくなった。
| キム今〜世界一周編2005年12月前半 | 17:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月9日(金)
 この数日、とにかく歩き回った。新市街に旧市街、美術館・博物館、そこらじゅうにある教会。そう、これまでの街と違い、ここではイスラム色がすっかり消え去っていて、モスクはない。ほぼ完全なヨーロッパ世界。カシュガル以降、1カ月近くイスラムの匂いを嗅いできたから実に新鮮。そうそう、ヨーロッパってこうだよなぁと。
 もちろん旧ソビエトだから、西ヨーロッパほどの華やかさはなく、以前公演ツアーで行ったクロアチアになんとなく似ている。そしてトビリシは、丘陵の谷を流れるムトゥクヴァリ川を挟むように街があり、起伏のある街並みは歩くだけで山や川、教会の塔などいろんな風景が楽しめる。フランスのリヨンを古臭くしたような感じも。
| キム今〜世界一周編2005年12月前半 | 17:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月8日(木)
 アルメニア大使館でビザの申請。次はこの国なので。7営業日待って51ドル、21日間のビザが取れる。3日待ちとか5日とか、もう少し早く取ると料金は上がる。特に急ぐ必要もないので一番安い方法で。まぁその分ホテル代はかかるのだが。でもこの街でゆっくりのんびり過ごそうと腹を決めたのでOK。
| キム今〜世界一周編2005年12月前半 | 17:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月6日(火)
 コンパートメントにベッドがふたつ。同室の彼はアゼルバイジャン人だが、この辺の人には珍しく流暢な英語。International Crises Groupという、政情不安定な国に出向いて選挙の監視をしたりするNGOに勤めているらしい。アゼルバイジャンはカスピ海と石油以外何もないとか、アゼルバイジャンとアルメニアは国家単位の仲は悪いが市民同士はフレンドリーだとか、グルジアはその二つのつなぎ役だとか、ペラペラよく喋る人で面白い話がいろいろ聞けた。やはりこの国は石油でもっているようだ。
 グルジアの印象を尋ねたら「バクーのような目新しさには乏しい。古くさい、ロシア的なところだ」と。ビシュケクみたいなのか? 少し気が重くなる。
 アゼルバイジャン側の検問に着いたのが朝の7時半頃で、パスポートチェックのみ。15分ほどで列車は動き出す。でも次が長かった。
 グルジア検問着、8:50。僕たちはパスポートチェックだけで済んだが(ビザ不要)、大きな荷物をたくさん抱えた二等車の客のチェックが長くかかった。「彼らはグルジアにたくさん商品を持ち込んで売るんだけど、そのチェックに時間がかかるんだ。この前なんか5時間もかかった」と同室の彼。そして「トビリシまでそんなに遠くないから僕はここからタクシーに乗る。2人で乗ればひとり10ドルもかからない。どうする?」と聞かれたが、断った。別に急ぐ理由もないし、まさか5時間なんて。今回は大丈夫だろうと。
 荷物をまとめて出て行く彼を見送る。回りのコンパートメントからはしびれを切らした人たちがどんどんいなくなる。この車両、とうとう僕だけになってしまった。隣の二等にも客はいない。「この列車、ホントにトビリシまで行くのか? ここが終点なんじゃないか? でも車掌はそのままいるし・・・」などと不安になりながら待つこと5時間。13:50、本当にきっかり5時間後、列車は動き出した。彼の言う通りだった。あまりに正確に5時間、ひょっとして最初からそう決まっているのでは?
 14:50、やっとトビリシ着。ホッとした。この列車、運転は毎日だから、こういう不安定なスケジュールが毎日続いているはず。でもそれで何とかなっているのだ。のんびり、あまりにものんびりだ。
 駅から地下鉄に乗り4つほど、ガイドブックに出ている安めのホテルを探し当てチェックイン。朝食付で50ラリ。1ラリ=約50円。
| キム今〜世界一周編2005年12月前半 | 17:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
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