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キムは今・・・写真編 3月前半
2006年3月4日

お祈り

お祈り

フナ広場・エスカルゴの屋台

フナ広場・エスカルゴの屋台

2006年3月5日

ワルサザードの子ども

ワルサザードの子ども

ホームスティの仲間

ホームスティの仲間

2006年3月8日

トラド渓谷への道

トラド渓谷への道

渓谷近くの少年たち

渓谷近くの少年たち

2006年3月10日

らくだを引いた少年

らくだを引いた少年

砂漠に住むベルベル人

砂漠に住むベルベル人

日の出直前

日の出直前
| キム今〜世界一周編2006年3月前半 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
『世界が展示室』
「見たことのない光景」
 モロッコの町と町をつなぐ長距離バスは、市民の足でもあって、バス乗り場以外でも客を拾ったり降ろしたりする。砂漠の中の、岩と木と道路しかない、それ以外何もないところでも、人が降りる。あの人は、これから道路をはずれ家を目指して何キロも歩くのだろうか。
 ここはイスラムの国だから、お祈りの時間になるとモスク以外の場所でもじゅうたんの上で礼拝が始まる。一度、バスの車窓から砂漠でお祈りする人を見た。半畳ほどのじゅうたんを敷いてそこに座り、メッカに向かって額を地面に押し付けている。砂漠のど真ん中で、たったひとりでだ。放牧の途中だったのだろうか。映画の場面になりそうな光景だった。
 でも、砂漠には見慣れた光景もあった。といってもそれを目にした時は驚いたのだが、道路脇に桜の木があって、見事な花を咲かせていた。砂漠を彩る満開の桜。


「ひとり旅を離れて」
 ほんの4日程度だったが、ワルサザードからの数日は、例の日本人の青年とのふたり旅だった。マサキ君という彼は実に好青年で、夜空の星なんかの美しい風景に素直に感嘆する。出てくる言葉にもスレたところがなく、話していてとても気持ちがいい。
 彼とティネリールでバスを降りた時、防寒用のジャンパーを車内に忘れてきてしまった。気づいたのが数日後だったので、取り戻しようがない。セーターが2枚あるので、当分重ね着することになる。
 この旅での忘れ物はこれが二度目だ。ふだん物忘れの多い僕としては上出来。一度目はアルメニアに着いた時、列車に去年の手帳を忘れた。地下鉄で街に移動してホテルにチェックインしてから気づいたのだが、駅までとって返したのが2時間後で、車内の掃除のおばちゃんが取っておいてくれた。とても感激した。
 一人だと誰もサポートしてくれる人がいないので、常に身の回りに気を配り、盗難にも備えねばならないから結構大変。でも今回のジャンパーは、マサキ君といることで気の緩みが出たのかもしれない。
 ひとりは気楽な反面、常に緊張状態にある。複数だと役割を分担したり、お互いの情報も持ち寄れてなにかと便利だが、僕はやっぱりひとりがいい。ちなみに僕はゴルゴ13の大ファンである。


「モロッコ料理」
 代表的なのはクスクス。モロッコに限らず、北アフリカで一般的なようだ。他によく食べたのは、タジンという煮込み料理。羊や鳥、牛肉などが、ニンジン、ジャガイモ、タマネギなどと一緒に煮込まれ、あつあつでとてもうまかった。砂漠特有の料理らしい。
 こういうものは大衆高級を問わず、どのレストランでもたいてい食べられる。そして街のスタンドでは、パンやお菓子に加え、生ジュースもたくさんあった。オレンジはもちろん、バナナ、アボカドなど。飲んでみるとムチャクチャにうまい! スタンドのカウンターで、置いてある果物をそのまま搾ってくれるのだが、オレンジなんかは、実が完全に液体にならずドボっとしていて、まんま果物を飲んでいる感じ。それで100円もしないのだ。こういうのを飲んだらもう、コーラなんか飲めたもんじゃないよ。


「この国の身の上」
 モロッコは予定通りピッタリ2週間。日本とは何もかも勝手が違うので当然といえば当然だが、この旅では今までで最も冒険的な日々だった。
 先日「マラケシュのメディナを歩くと発見がいろいろある」と書いたが、まず第一に働く子供が多いこと。貧しい国では当然だろう。それと、歩くといろんなものが臭ってくる。肉だったり、野菜だったり、スパイス、汗、時にはし尿の臭い。ヨーロッパにはなかったものだ。もちろん日本でも、浮浪者の集まるような場所以外ではまず感じないものだ。当然、通りはゴミだらけで、残飯やらなにやらわけの分からないものであふれている。中国の裏通りを思い出した。
 乱暴な比較をしてしまえば、文明と非文明、富裕と貧困、という言葉が浮かんでくる。砂漠でも、都会でも、この国で出会うのは貧困ばかりだ。


「旅行者のジレンマ」
 モロッコも終盤に近づいたころ、フェズのメディナの大衆食堂で昼を食べた時、店員に「近くに革のカバンを買えるところはないか?」と尋ねたら、すぐ前の土産物屋の若い店員が案内してくれるという。ああ、また案内料を取られるんだなと思ったが「いやいや、そんなものはいらないよ」と彼はいう。半信半疑だったが、向こうが強引なので、仕方なく彼にしたがってついていった。
 職業を聞かれたので「ダンサーだ」と答えると「おお! 俺はフェズでNo.1のヒップホップダンサーなんだ」という。ちらっと動きを見せてくれたが、大したことはない。ちょっと踊ってくれというのでしかたなく動いてみせると、すごいすごいとしきりに感心していた。アミンという名の19歳の彼は「ここは日本人の観光客が多いけど、俺が声をかけるとみんな『No,No』と手を振って嫌がるんだ。でも君はちょっと違うね」という。そりゃそうだ、こういうしつこい男に声をかけられたら日本人は逃げるだろう。
 でも、お目当てのカバンはなかなか見つからない。ここがダメなら次はあそこと、迷路をどんどん分け入って行く。僕はひとりでぶらぶらしながら探すのが好きなので、しつこい彼がうっとうしくなって「もういいよ。自分で探すから、ひとりにさせてくれ」と申し出た。そのまま別れるのも悪いのでチップを渡そうとすると「いいよ、いらないよ」と断られた。
 さて、ここで僕はジレンマに陥る。果たして彼には下心があったのかなかったのか? 最初はあったけど、僕が正真正銘のダンサーとわかって敬意を表してくれたのか?
 こういう国を旅する時、旅行者は常に緊張している。特に日本人のような、平穏無事に暮らしてきた者にとっては、したたかなモロッコ人は手ごわい。彼を避けた日本人同様、僕も警戒心を剥き出しにしてきた。
 日本など、近代文明の発達した国では、一部を除いてモノには定価というものがあり、たいてい値札が付いている。たとえ商品に値札がなくても、レジに持っていってピッとやれば、値段が表示される。売り子の気分が介在する余地はない。でもモロッコでは定価なんかないのだ。相場はあるが、売る側と買う側の交渉で値段は決まる。つまりそこで人間力が問われるわけだ。向こうの言い値の半額は当たり前、値切りかた次第では3分の1、4分の1にもなる。あまりに人間臭い。そして僕は商売人には向かない。
 それに言葉の問題もある。アラビア語やフランス語はいうに及ばず、英語でのコミュニケーションはそれなりに大変。僕は日本人としては英語が堪能なほうだが、それでもやはりエネルギーがいる。だからマサキ君との会話はとても気が休んだ。
 だがフェズのアミンとの一件で、なんだか申し訳ない気がして、もう少しリラックスしてもよかったかな、という気になった。実際それ以外にも無償のもてなしを何度か受けたし。慣れるまでに2週間、でもその頃はもう出国の時期、時すでに遅し。
 あぁ、世界は難しい!
| キム今〜世界一周編2006年3月前半 | 14:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
2006年3月15日(水)
 なぜマドリッドなのか、理由はこうだ。
 次の目的地は南米・チリのサンチャゴ。出発前に東京の旅行会社で得た情報によれば、モロッコからサンチャゴへの便はなく、南欧からはマドリッドからしかないらしい。だからここがヨーロッパ最後の街となる。フランスのアルルからスペインをすっ飛ばしてリスボン入りしたのも、これが理由だ。先にポルトガル、モロッコを回ってからマドリッドに入る、というプランを立てた。 
 朝8:45マドリッド着。この街にはそれほど興味はわかず、せいぜい一泊でいいと思っていた。飛行機に乗るために来たようなもんだ。でも、駅近くの旅行会社で、今晩発のサンチャゴ行きの安いチケットを見つけてしまった。東京で仕入れた相場の最低額よりも安い(412ユーロ)。マドリッドでホテルを見つけるのも、荷物を広げるのもまとめるのも面倒なので、このまま飛んでしまうことにした。
 フライトは22:20。昼頃空港に着き、約10時間(!)を何もせず過ごすことになる。何もしなくていい自由ほど、不自由なものはない。時間をもてあまし身をもてあまし。ついでに金ももてあませられれば文句はないのだが。
 ところでマドリッドへの列車で、またまた卒業旅行の日本人女性と一緒になった。卒業旅行。華やかだが淡い憂いもおびた言葉だ。夢のようだった青春にトドメを刺す、現実に埋葬される直前の儀式。僕もやってみたかった。大学へは行ったが、途中でやめてダンスなぞを始めてしまったから叶わず。中退旅行でもしとけばよかった。いや除籍旅行か。
 でもまあ、埋葬されずいまだこうして夢の中をフワついているような身分なので、よしとする。
| キム今〜世界一周編2006年3月前半 | 14:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
2006年3月14日(火)
 41歳になる。なってから最初の仕事は、海を渡ること。ホテルをチェックアウトし港へ向かい、アルヘシラス行きのフェリーに乗る。アルヘシラスに着いて駅で6時間ほど暇をつぶし、マドリッド行21:45発の夜行。 
 ところで『元祖天才バカボン』の歌は「ヨンジュウイッサイのはーるだーからぁ」といっているが、ということは僕はあの人と同い年になったのか? 
 今の心境を一句。

旅うつつ 波空高く ダンスは遠く
| キム今〜世界一周編2006年3月前半 | 14:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
2006年3月13日(月)
 モロッコをひと回り、再び港の街タンジェに戻る。明日はスペインへ。
| キム今〜世界一周編2006年3月前半 | 14:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
2006年3月12日(日)
 フェズの新・旧市街を歩く。旧市街は1000年前にできた街で、当時のモロッコの首都(現在の首都はラバト)。最初にイスラム王朝が置かれたところらしい。古都らしく、マラケシュのように大規模ではない。やはり都会はつまらないのと、早くこの国を出たいのとで、街には全く興味がわかない。
| キム今〜世界一周編2006年3月前半 | 14:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
2006年3月11(土)
 今日、メルズーガを発つ。モロッコで回りたかった場所はこれで網羅できた。あとはタンジェに戻るだけ。でも直接行く手段はないので、途中の街に泊まりながらバスや列車を乗り継いでいくことになる。
 朝8:30、ホテル前を地元の人と乗合のミニバス(ワンボックス)で出発。砂漠を30分ほど走ってリッサニという町で乗合タクシー(乗用車)に乗り換え、20分でエルフード。そこから大型バスでエルラシディア。ここに着いたのが11時頃。さらに別のバスに乗り換え、約8時間でフェズという大きな街へ。今夜はそこに宿をとる。ミニバス、タクシー、大型バス。砂ぼこりにまみれ、文字通りのドロ臭い移動が続く。フェズの宿にチェックインしたのは夜の9時だった。
 ワルサザード以降の砂漠にいる一週間、空に雲を見なかった。ひとつも。その代り別の物がそこにあった。月だ。昼も夜も、いつもいた。フェズに近づくとバスの窓から雲が見えて、懐かしかった。
| キム今〜世界一周編2006年3月前半 | 14:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
2006年3月10日(金)
 回りには何もない。隣にある建物といえば、数キロ先のホテルくらい。ホテルにレストランがあるので、食事はすべてそこで事足りる。部屋にあるのはベッド、イス、サイドテーブル、シャワー、トイレ、洗面台のみで、TVなど近代的な娯楽は何もない。電気は1日3時間だし、もちろん電話機なんてない。
 ラクダに乗って砂丘に登ったり、外で本を読んだり、遠くの景色をボーッと眺めたり、地元の若いアンチャンたちとダベったり。「日本の女はセックスのやり方を知っている。よかった」などと自慢げに話す彼らは、自転車で5〜6時間かけて町まで行くという。同じ地球なのに違う世界があるような気がした。
 モロッコの先住民族はベルベル人とよばれる遊牧民だ。ノマドもこれのひとつ。砂漠に住むのはベルベル人が多い。7世紀頃、アラブ人がイスラム教を引っ提げてこの土地に侵入、ベルベル人を征服。20世紀始めにはフランスが統治。だからこの国は主にアラビア語とフランス語が使われている。観光地で見かける観光客はフランス人が多い。
| キム今〜世界一周編2006年3月前半 | 14:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
2006年3月9日(木)
 サハラ砂漠の端にあるメルズーガに移動。アトラスの南を走る、ワルサザードからティネリール、エルラシディアへと至る約300?の道は「カスバ街道」とよばれ、古いカスバ(要塞)が点在している。
 ティネリールを8:30のバス、昼すぎにエルフード着。一緒だった彼とはここで別れる。
 エルフードからタクシーで20分も走ると、いよいよ起伏のない砂漠が開けてくる。メルズーガの町にいくまでに、砂漠のど真ん中にホテルやカフェがぽつぽつ点在していて、そこのひとつにチェックイン。ホテル裏が真っ赤な大砂丘になっていて、ラクダやランドローバーなどで登って行く人が見られる。
 値段は安いのだが(1泊2食付1200円)、ホテルというよりリゾートクラブといった趣き。建物はすべて平屋で、砂漠の脇で朝食もとれる。夜中にトイレに行こうと思ったら部屋の電気がつかない。お湯は24時間OKだが、電気は夜の7〜10時のみだった。日本から持ってきたペンライト、5カ月目を目前にやっと出番がきた。なんか、うれしい。
 夜、外に出てみる。僕は今まで国内外含めいろんな場所で「満天の星」というやつを見てきたが、こういうのは初めてだ。ホテルの低い建物と背の低い木と砂丘以外、地平線をさえぎるものがない。ただ残念ながら、本が読めるくらい明るい月のせいで、ほかの星が見えづらい。それでもそこに見える星は、数えているうちに眠ってしまいそうな数だ。
| キム今〜世界一周編2006年3月前半 | 14:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
2006年3月8日(水)
 町の貸し自転車で借りて、トドラ渓谷までの15kmをこぐ。といっても、上り坂が多く、歩かねばならないところもある。岩砂漠の中のアスファルトの道を行くのだが、空には雲がない。つまり直射日光をそのまま浴びるわけで、これで15kmは結構キツイ。休み休みで2時間弱、真ん中に清流の流れる、左右に100mはあるガケの切り立ったエリアに入る。ここがトドラ渓谷。ほぼ垂直の赤いガケは、ヨーロッパからロッククライマーたちがわざわざ練習に来るそうで、今日もいた。
 砂漠というと、なだらかな砂丘が延々と続く何もないところ、というイメージだが、こういう場所もあるのだ。
| キム今〜世界一周編2006年3月前半 | 14:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
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