CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
PROFILE
Google
キムは今・・・写真編 12月後半
2005年12月16日

ツィナンダリ

ツィナンダリ

ザウリさんと愛車

ザウリさんと愛車

ラリさん、ギヴィさん

ラリさん、ギヴィさん

2005年12月23日

エルバン市街

エルバン市街

アルメニア文字

アルメニア文字

2005年12月24日

車内で、タマラさん

車内で、タマラさん

2005年12月30日

トラブゾンの子ども

トラブゾンの子ども

黒海

黒海

 道端で拾った薬莢

道端で拾った薬莢
| キム今〜世界一周編2005年12月後半 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月31日(土)
 一年が終わる。今年はああだったこうだったと、回想して書けなくはないが、止めておく。言葉にすると陳腐になってしまいそうで。胸の奥底にしまっておこう。
 でも、いろんな意味で節目の年になったのは確かだ。
 午前0時、外はクラクションと爆竹、歓声が鳴り止まず。僕はベッドで文庫本のページを繰る。
| キム今〜世界一周編2005年12月後半 | 17:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月30日(金)
 バスで国境を越えトルコに入ると、それまでの舗装されていない穴だらけの道が、すべすべのアスファルトに変わっていた。それもそのはずだ、中国に始まった旧共産圏から初めて抜け出したのだから。そういうわけでここはいままでのどの国よりも発展が進んでいる。トラブゾンのような地方都市にしてそうだ。
 一日に5回ほど、モスクのスピーカーから、街全体を包むようにコーランが流される。でも街の雰囲気はあまり宗教がかってはいない。文明が宗教を圧倒している。
 中心からバスで20分ほど、「アタテュルクの家」へ。第一次大戦後、国を建て直したムスタファ・ケマル・アタテュルクが、全国各地を訪れた際に滞在した家が、そのまま残されていて、ここトラブゾンにもある。
 丘の上の、小じんまりとした、品のいい別荘といった風情。テラスからは黒海が見渡せる。
 カスピ海同様、こちらも「海」となっている。「湖」とよばれないのは、対岸が見えないほど大きいからだろう。島もなく、美しい水平線が、水の青と雲の白を切り分けている。ほんとうにきれいな直線。その向こうにはロシアが鎮座しているはず。
 新しい靴と、小型のリュックを買う。靴は東京で3年ほど前に買ったのを履いてきたが、底のゴムが裂け、水がしみてくるようになった。麗江で買った400円くらいの安物リュックは、安物らしく見事にファスナーが壊れた。今度はちゃんとしたのを。
 ちゃんとしているだけあって、どちらも値段は日本とあまり変わらず。
| キム今〜世界一周編2005年12月後半 | 17:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月29日(木)
 昨日昼の12時、無事バスが出る。雪化粧の山々を左右に見ながら走り、グルジア、トルコそれぞれの検問は問題なく通過。目的地のトラブゾンは黒海に面しているので、登った山は下りねばならず、途中でタイヤチェーンを着け、時速20キロくらいのゆるゆるスピードで坂道を下る。当然、時間がかかる。
 結局トラブゾン着は午前3:30。時差の関係で、実際に要したのは17時間半。出発前のトラブルに始まり、雪山、国境、のろのろ、所要時間、すべてがカシュガル〜オシュに酷似。バスの不思議な因縁を感じた。
 ただ、前回のような寝台ではなく普通の座席だったので、身体的にはかなりきつい。もちろん途中で何度も休憩はあったが、退屈を紛らすためか、他の7〜8人の乗客は途中で酒を飲みはじめ、かなり盛り上がっていた。僕も少しだけもらったが、ほとんどは例のごとくひとりポツン。
 トラブゾンのバスターミナルで、タクシー探しのため警察の詰所を訪れたら「ホテルまで行くなら、送ってあげるから車に乗りなさい」と、警官3人とともに、脇腹にPOLISと大書きされたバンに乗る。つまり警察に「護送」されたのだ。真夜中だったからだろう。ありがたかったが、面食らった。
 乗ってきたバスには、トルコの旅行会社で働いているという、きちんとした格好のビジネスマン風体のおじさんがいて、英語ができるからトルコの情報をいろいろ教えてもらう。休憩時にはチャイをおごってくれたり、車内でも「大丈夫か? 何か困ったことはないか?」などと気遣ってくれる。ガイドブックに「トルコ人は親切」と強調されていたが、このおじさんといい、警察といい、初日でいきなりそれを味わった。
| キム今〜世界一周編2005年12月後半 | 17:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月27日(火)
 怒りと絶望感をこらえながら、バスターミナルヘ向かう。旅行社に抗議して日付の変更をしてもらうためだ。
 係員の女性は英語ができないので、どこからか英語のできる男がやってきて通訳に入った。
 日付の変更はできないというので、じゃあキャンセルしてお金を返してくれというと、それもできないと言う。「日付を勘違いしたのはそっちのミスであって、僕の責任じゃない」「でもお金は返せない」。回りにいた他の社員数人も加わって、そっちだ、いやそっちだの押し問答が続く。そしてしつこく食い下がった結果、観念したのかやっと25ドルを返してくれた。
 それを握ってすぐに隣の旅行社に行き、明日28日12時の便を予約する。が、受け取ったチケットには「27日」と書いてある。またか! 指摘したらすぐに直してくれたが。
 同じことが二度も続けば、外国人客相手にバスターミナルぐるみで詐欺を働いているんじゃないかと勘ぐりたくなる。単なるミスだと思いたいが。
 人を信用することも大事だが、疑わざるを得ない場合もある。
 どうすればいいのかわからなくなってきた。

「世界が展示室〜のけもの」
 北京で見たその少女は、雑踏の中で、路上に置いた一畳ほどの板の上に腹ばいだった。下半身が動かないらしく、上体だけ起こしていた。体には毛布が掛かっていたが、足首から先がちらっとのぞいていて、見るとその足は、ボロボロで斑点だらけで、壊死しているようだった。
 麗江の男は、路上に寝ている、というより転がっているというほうがふさわしく、半裸で片腕片足がなく、その、途中で切断された足の付け根をずっとブルブル震わせていた。
 トビリシの地下道で、乞食の男が何かわめいていて、人だかりができていた。その中心には、倒れたまま動かないもうひとりの男が、口から食べ物を吐き出したままだった。わめている男は「こいつ、死んじゃったよぉ!」と叫んでいるように聞こえた。
 一介の旅行者の僕は、ただ見過ごすしかない。見て見ぬふりをするしかない。いや、仮にそこに住んでいたとしてもだ。多くの人がそうであるように。
 トビリシ駅でこんなことがあった。
 アルメニア行きの切符を買うため窓口で手続きをしていると、駅を根城にしているらしき子供の乞食が数人寄ってきて、僕の腕やリュックを引っぱって金をせびる。分厚いガラス板の向こうの、係員の聞き取りづらい英語を把握するだけでも面倒なのに、子供たちがあまりにしつこかったので、ついカッとなって日本語で「うるさい! 向こうに行け!」と、切符売場のホール全体に響き渡るくらいの、自分でもびっくりするような大声で、怒鳴った。子供たちはしばらくブツブツ言っていたが、いつの間にかいなくなり、僕も「やれやれ」と思っていた。
 でも数日後、そのことをふと思い出して「しまった!」と思った。彼らが怒鳴られたのは、しつこかったからじゃない。貧しかったからである。貧しいというだけで怒鳴られる。こんな理不尽があろうか? しかも子供。
 貧しいというだけで、身体が不自由というだけで、おとなしいというだけで、怒鳴られ、忌み嫌われ、いじめられる。こんな理不尽があろうか? 
 彼らを救うのも人間だし、一方でその理不尽を作り出すのも人間。
 グルジアに住むあの子たちの心に、遠い国から来た、目を剥いた鬼のような形相の僕が、ザックリと刻み込まれたのだと思うと、無念でならない。夜、そんなことを思ってベッドに入ったら、涙が溢れた。次の日、例の風船を渡そうと思って駅に行ったが、それらしき姿はなかった。 
 でもこれは一介の旅行者の、偽善なのかもしれない。
| キム今〜世界一周編2005年12月後半 | 17:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月26日(月)
 ホテルをチェックアウト、ネットカフェなどで時間をつぶしてから、タクシーでバスターミナルへ。が、ここでトラブル発生。運転手らしき男にチケットを見せると「これは昨日のだから使えない」。バカな、と思ってチケットを見ると「12月25日」となっている。昨日僕はバスターミナルの旅行社で「明日のチケットを」と言って25ドルを払ったのに。係員が勘違いしたのだ。もらったチケットをきちんと確認しなかった僕も悪いが、向こうのミスは明らか。目の前のトラブゾン行きは出発時刻になってもビクとも動かず、他に客は誰もいない。運転手によると、そもそも今日はバスが出ないらしい。
 なんてこと!
 仕方なく、タクシーでホテルに引き返し、もう一泊することに。カシュガルでのあの日を思い出し、真っ暗な気持ちでベッドに入った。

| キム今〜世界一周編2005年12月後半 | 17:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月25日(日)
 13時すぎ、トビリシ駅。雪まじりの小雨。前回とは別のホテルにチェックイン。すぐにバスターミナルに足を運んで、トルコの黒海沿岸の街・トラブゾン行きバスチケットを購入。出発は明晩22:00。
 今日初めて、物乞いに金を渡す。なにも信念を曲げたわけじゃない。ラリが余ったからだ。なんだそんな理由かと思わないでほしい。お金というのは、使うべき人の手に握られなければ意味がない。資産家の1億円だろうが、乞食の1ラリ(50円)だろうが同じこと。僕は偽善が嫌いだから、人助けをしたなどとは思っていない。単なる経済活動をしたまで。
 食事をしてホテルに戻ってシャワー。テレビをつけるとBBC。ローマ法王やエリザベス女王がクリスマス・メッセージを喋っている。インド洋の津波、アメリカのハリケーン、パキスタンの地震、ロンドンの同時テロ、そして今日またバグダッドで爆弾テロ。
 今年も残りわずかだ。
| キム今〜世界一周編2005年12月後半 | 17:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月24日(土)
 なぜトビリシに戻るのか? 次の目的地はトルコなのだが、アルメニアからは行けない。歴史的に両者の仲は悪いらしく、国境が封鎖されているのだ。情報は事前に日本で仕入れておいた。
 地図を眺めていて気付いたが、この旅で立ち寄る街としてはエレバンがバグダッドに最も近い。約800?、東京〜札幌くらいの、近からず遠からず。ゆうべのTV ニュースに、バグダッドで法廷に立つサダム・フセインの姿があった。
 エレバンにはもう少し長く滞在するつもりだったが、結局5日間。短くなった理由は、なんとなく。しいてあげれば、朝食のない、バカでかくて殺風景なホテル、太陽があまり顔を出さず、どんよりした天気。どちらも、たまたまそうだっただけの話で、けっしてこの国が気に食わなかったわけじゃない。現にトルマは美味かったし、美人も多かったし。旅なんてこんなもんだ。
 同じコンパートメントのタマラさんは、旦那さんがエレバンの大学で天文学の教授をしているという、初老の上品な女性。アルメニア人とじっくり話すのは初めてなのでいろいろ質問してみた。

Q「ソビエト時代と比べて今はどうですか?」
A「私たちの世代には、ソビエト政府がすべての面倒を見てくれていた昔のほうが良かったかもしれない。だって独立後の一時期、電気のない生活が5年も続いたんですよ」
 想像を絶するその5年の闇は、ソビエト70年の闇よりも深かったのかもしれない。
 「ただ私の娘は、今はアメリカの大学で教師をやっていたりして、若い世代にとっては良かったんだと思う」

Q「アルメニアの歴史がそうであるように、隣国と陸続きというのは、常に危機に直面している気がしますが、そういう『恐れ』を感じますか?」
A 少し考えてから「私は親類がグルジアやロシア、ポーランドにいて、そういう環境にあるからかもしれないけど、あまり恐怖というものは感じない」
Q「でもあなたと違って、アルメニアしか知らない生粋のアルメニア人はまた別なのでは?」
A「うーん、そうでもないと思う。今はトルコとの関係、それとナゴルノカラバフをめぐるアゼルバイジャンとの関係がおもわしくないだけだから」

 Q「グルジアには教会がたくさんあって、みなさんとても信心深いですよね?」
A「ハハハ。でもね、ソビエト時代あれほど宗教から遠ざけられていたのに、独立したら急に宗教ベッタリ。私にはちょっと不自然に映るわね」

 これら彼女の答えだけですべてを把握するつもりはないし、僕のようなバックグラウンドを何も知らない人間が、短い時間でひとつの国家や民族を理解するのは到底無理な話だが、生の声を聞くのは、勝手な思い込みを正し、その世界を知る手がかりのひとつになるのは確かだと、実感した。
 寝台車で過ごす、歴史の果てしない重さを感じた、クリスマス・イブ。
| キム今〜世界一周編2005年12月後半 | 17:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月21〜23日(水〜金)
 アルメニア大使館でビザの申請。次はこの国なので。7営業日待って51ドル、21日間のビザが取れる。3日待ちとか5日とか、もう少し早く取ると料金は上がる。特に急ぐ必要もないので一番安い方法で。まぁその分ホテル代はかかるのだが。でもこの街でゆっくりのんびり過ごそうと腹を決めたのでOK。
| キム今〜世界一周編2005年12月後半 | 17:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005年12月20日(火)
 グルジア側で3時間、アルメニア側で1時間の検問停車。特に問題なく国境を越える。いくら紛争の多い地域とはいえ、毎日ドンパチやってるわけじゃない。
 同室のオジサン、恐ろしく腹がでかい。小さな子供がひとりくらい入りそうだ。いったい何を食べるとこうなるのだろう? 荷物も大量で、ワインの箱をたくさん抱えている。どうやら商売人らしく、何かブツブツ言いながらぶっとい指で小さな電卓を叩いている。
 9:30、エレバン着。例によって地下鉄で、地図を頼りにガイドブックの宿にチェックイン。
| キム今〜世界一周編2005年12月後半 | 17:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
| 1/2PAGES | >>